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軸を定める

昨夜、終戦特別企画「生きろ」見ました。


終戦間近の沖縄で、県民を守るために命をかけた官選知事、島田叡(あきら)。

こんな立派な方がいたことを、これまで全然知りませんでした。



「お国のために死ぬまで戦う」という思想が、一般の市民に浸透していたことにも驚かされました。

建前でそう言っていても、本音では生きたいと思っていたのではないか、
と思っていたのですが、本気だったのですね。

どれほど強烈に洗脳されていたのか。


記録フィルムや生き残った人の証言が、リアルにせまってきます。



軍は、自分たちも死ぬまで戦うのが当然。

日本人たる者、最後の1人まで、死ぬまで戦うものだ。

そんな考え方をしているので、沖縄の人たちを、どうやって救おうか、といったことを考えていません。

沖縄の人に対する、偏見、差別があったことも紹介されていました。



そんな状況の中で、知事はひとりでも多くの人たちを救おうと奮闘します。


知事の努力によって、多くの沖縄の人たちが、沖縄北部(日本軍がいないため安全とされた)や県外に疎開していました。

そして、米軍が沖縄中部を掌握し、北部への移動ができなくなったときは南部へと民間人を避難させました。


日本軍が、敗戦濃厚となり南部に戦線を移そうとしたとき

そうすれば民間人が戦闘に巻き込まれてしまうから、やめてほしい

と軍に進言します。



いくら知事とはいえ、当時の軍に意見するなどありえないことです。



結果的に、意見は聞き入れられず、軍は南下していき、多くの民間人が亡くなります。



さらに、南部のどこの地域が安全なのか、という重要な情報が

軍から知事に伝えられなかったということも、

最後、どうしようもなくなってからわかります。



やれるだけのことをやったのち、最終的に、知事は部下に命令します。



これで解散するので、みんなは生きのびてくれ。
これからの沖縄のために、生き抜いてくれ、と。



当時の常識は
お国のために、戦って死ぬ。
捕虜になるくらいなら、自決する。
です。


そんな状況の中、死なないで生きろと言った知事。


日本人のほとんどが強烈に洗脳されている状況の中
その常識にとらわれずに、人間として正しい選択ができるって
すごいことです。



島田知事は、西郷隆盛の言葉を何回か引用していました。


西郷隆盛は、朱子学や陽明学を学んでいたようです。



「人を相手にせず、天を相手にして、おのれを尽くして人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」


番組の中でも「人を相手にせず、天を相手にする」と言っていました。



やはり、情報に左右されない自分の軸を定める教育

常識に対してNOと言える教育って必要だよなあ
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